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人工関節手術により発生する合併症

1) 感染

人工関節形成術における合併症で最も怖いものが感染です。なぜなら、ひとたび人工関節の部分に感染が起こるとそれを治療する事が極めて困難だからです。感染治療は一般的には投与された抗生物質が血流とともに感染部位に到達し、感染を引き起こした細菌を攻撃し、血流とともにその部分を浄化するものです。しかしながら人工関節には当然のことながら血流はありません。そのような事で、感染を完全に除去するには挿入された人工関節を抜去しなければならないこともあります。

感染には、手術直後におこる感染と手術後半年以上たってからおこる感染があります。前者を早期感染と言います。感染を防ぐ為に、私たちは手術前日より入浴・清拭をお勧めし、風邪等ひかぬようお願いをしています。慢性の炎症(副鼻腔炎、歯槽膿漏、褥創など)がある場合は出来るだけその治療を優先していただきます。感染に弱い体質の人もいます。糖尿病やステロイドホルモンを服用中の人は感染に弱い体質になります。コントロールの悪い糖尿病の人はまず、十分にコントロールをして手術にふみきることも多くあります。

手術の執刀直前より抗生物質の点滴をし、手術は特別に空気清浄した手術室(クリーンルーム)で行います。手術に入るスタッフは特殊なヘルメットやガウンを装着しています。感染防止に関するすべての対策を行っていますので、手術直後におこる早期感染は極めてまれです。
手術後半年以上たってからおこる感染を遅発性(ちはつせい)感染と呼んでいます。これは手術後20年以上たってからもおこり得ます。 遅発性感染の発生頻度は極めて低いのですが、皆無ではありません。この原因としては、体内に菌を持っている場合、例えば、慢性ぼうこう炎、胆のう炎、その他、化膿性湿疹(オデキ等)などがあります。これらの菌が血流にのって(菌血症といいます)全身を回り、人工関節の部分にくっつくことにより感染がおこります。これらに対しては、見つけ次第早期に治療しておかねばなりません。日頃よりの健康の保持、特に糖尿病のコントロールや歯の治療には十分心がけねばなりません。

☆術後ドレーンの意味

手術終了後、病棟に帰室後手術部位からポリエチレンのチューブが出ている事に気づかれると思います。このチューブの意味について説明します。このチューブの尖端は手術部の最も深いところ(関節の内部)につながっています。術後必ず関節の内部には出血が起こります。この血液が新しく形成された関節の中で貯留し、凝固する事は術後の関節の動きを悪くする可能性があります。さらに凝固した血液はもし細菌感染を起こした場合、細菌が増殖する培地になりかねません。そのような危険性を予防する為、関節内には血液が溜まらないようにチューブが入れられているのです。新たな出血が無いと判断された場合にはこのチューブは抜去いたします。普通術後1〜2日です。それまでは決して自分で抜いたりしないで下さい。もしチューブが途中で外れていたり、切れている場合はあまり触れることなく、すぐに看護師にお知らせください。

2)深部静脈血栓症

最近大きな問題となっているのがこの深部静脈血栓症です。手術の後、数日間手術した下肢の腫脹がひどくなる事があります。この原因のほとんどが深部静脈血栓症によるものです。この病気は必ずしも人工関節形成術に特有なものではなく、腰部、下肢の大きな手術をするとその危険性はすべてにあります。これを防ぐ為に、私たちは手術中も下肢は弾力包帯で静脈が鬱滞(うったい)しないように巻き上げています。そして手術後は出来るだけ早くから足首を動かすようにお願いをしています。

深部静脈血栓症が怖いのは足が腫れる事だけではありません。下肢の静脈に出来た血栓が肺動脈に詰まる事によって引き起こされる肺動脈血栓症(肺塞栓症)という病気があることです。この病気についてQ&A形式でまとめてみます。

Q.肺塞栓症とは、どんな病気ですか?

A.肺塞栓症は、致死率の高い病気です。
多量の血栓(血のかたまり)などが、一瞬のうちに肺の血管に詰まると、呼吸困難や胸痛、時には心肺停止を引き起こすことがあります。これが肺塞栓症で、いったん発症すると致死率が30%を超える重篤な病気です。手術後10日前後が多いと言われていました。今では手術開始からいつでも起こり得るとの報告もあります。近頃話題の、長時間の飛行機旅行などで起こるといわれている「エコノミークラス症候群」(今ではロング・フライト症候群と言うそうです)と同じものです。

手術後の起こる肺塞栓症の原因のほとんど(約90%)が、脚の太い静脈(深いところにある静脈)にできた血栓(深部静脈血栓)の一部が、運動を開始しようとした時に、剥がれて心臓から肺に至り、肺の動脈を詰まらせてしまうのです。つまり、肺塞栓症のリスクを下げるためには、深部静脈血栓症を予防することが重要です。

Q.深部静脈血栓症はどんな時に、発病しやすいのですか?

A.血栓のできる主な原因は、下肢血流の鬱滞(うったい)です。
 長い間寝たきりの状態(長期臥床時)、および一時的に動けない状態(手術中及び術後)の時には、普段行われている下肢筋肉の収縮と弛緩による血流の押し出す作用(ポンプ効果といわれています)が弱まっているか、あるいは機能が完全に停止していることにその原因はあります。静脈が拡張し、血流速度が著しく低下すると血液が擬固しやすくなり、発症のリスク(危険)が高まります。

Q.どのような人に起こりやすいのでしょうか?

A.はっきりとしたリスクファクター(危険因子)はまだわかっていませんが、下の項目にあてはまる人は特に注意が必要です。

◆ 比較的高齢者
◆ 肥満体型の人
◆ 妊娠中の人・出産直後の人
◆ 女性で経口避妊薬(ピル)を服用している人
◆ 先天的に、または薬物などにより血液が固まりやすくなっている人
◆ 心疾患、悪性腫瘍、脳卒中などの既往歴がある人
◆ 喫煙者

Q.予防法はあるのでしょうか?

A.下肢の静脈に血栓ができることを予防するためには、血流の鬱滞(うったい)を避ける必要があります。下肢を心臓より挙上して休む。出来るだけ早期より足の背底屈の運動をはじめる。圧迫ストッキングを装着する。空気式圧迫ポンプを用いて脚を圧迫するなどの物理療法と、ヘパリン、ワーファリンやアスピリンなどを用いて血液を固まりにくくする薬物療法などあります。薬物療法は出血量が増加する危険もあるため、圧迫ストッキングなどで血流を促進させるのが、副作用も少ない手軽な予防法です。

主な予防法

当院で行っている予防法は次のとおりです。

◆ 圧迫ストッキングの着用
市販の下肢圧迫用ストキングです。手軽に着脱でき、理想的な圧迫力を得るように調整されています。非手術側にも着用する事が必要です。ストッキングはすべて当院で準備いたします。ただし、すでに深部静脈血栓症を引き起こしている人は危険ですので着用はしません。
 

◆ 下肢運動
手術直後より血行を促進させるために、両下肢の運動を開始します。じっとして寝ていることが危険なのです。もし痛みのため動かせなければ、非手術側だけでも結構です

☆CPM関節運動器の使用
手術部位に痛みを感じない程度の超低速にて可動訓練(膝の曲げ伸ばし運動)をします。膝関節や股関節の拘縮を防ぐためだけでなく血流の改善によりキズの治りも早いと言われています。

◆ 弾性包帯の装着
下肢筋肉のポンプ作用を増強させます。圧迫ストッキングが着用できない人には弾力包帯を装着しますが、理想的な圧迫力に調整して巻くには、熟練した技術を要します。

◆ 間欠的圧迫治療器の使用
メドマーという器械です。電気ポンプにて、下肢に巻いた加圧カフに一定のリズムで空気を送り込み、血液が流れやすいように下肢を圧迫します。出来るだけ長い時間行いますが圧迫圧の調節には注意が必要です。術後約2週間行います。

◆ 抗擬固剤の内服・注射
定期的に行う血液検査(d-ダイマー)や静脈エコーにて危険性が非常に疑えるか、既往歴に深部静脈血栓症があるなどの際には抗擬固剤の内服・注射を行います。

◆ 水分補給
水分を十分に補給する事は重要です。

☆もし深部静脈血栓症を発症したら
血栓を溶かしたり、血液凝固の進行を防ぐ薬物を使用しますが、症状が重い場合には手術的に血栓を取り除きます。また、肺塞栓症を併発しないよう、下大静脈フィルターを挿入し、血栓の肺動脈への流入を防ぐ方法もあります。(発症の危険性が最も高い場合、予防的にフィルターを挿入する事もあります。)

3) 出血

出血量を少なくする為に出来る限り低血圧麻酔で手術を行います。しかし、心臓などに問題のある患者さんに低血圧麻酔を行いますと、心臓への負担がかかり、危険性がありますので、あまり血圧を下げずに手術を行います。人によっては出血量が多くなり、自己血のみでは不足する場合があります。とくに関節炎(リウマチなどの)症状が強い場合、出血量が多くなる傾向にあります。

骨盤の臼蓋を形成する必要がある場合、骨の移植のため大きく骨膜を剥離したり、骨を削ったりすることがあります。また、大腿骨側にステムを挿入するために骨髄を削ります。このような場合、骨内からの出血は止血が非常に困難な事があります。時に予期する以上の出血があります。
人工股関節形成術での術中の出血量は大体500mlですが、術後の出血量もあわせ考えると約1000mlぐらいになります。輸血が必要になった場合、他人の血液(日赤の保存血)を輸血しなくてもいいように当院では外来にて術前に貯血を行っていますが、上記のような理由で貯血した自己血よりも多くの出血をすることもあります。この場合も、なるべく他人の血液を輸血しないようにしますが、他人の血液の危険性(まれにウイルス感染など)よりも輸血をしないことによる全身状態の危険性が高いと判断した場合には、他人の血液を輸血することがあります。特に高齢者の場合、輸血する機会は多くなります。

人工膝関節形成術は術中、駆血帯(大腿部を空気圧で圧迫します)を巻いて手術を行いますので出血はほとんどありません。しかし術後の出血が一般的には300〜500mlあります。稀に1000ml超える出血があることもあります。人工膝関節形成術では輸血をする必要がほとんどありませんので、自己血貯血は行っていません。しかし、先に述べたように稀に術後大量の出血がありますのでその際は日赤血液センターの保存血を利用して輸血を行うことになります。

★術中出血量を減らす為に下記のお薬は最低1週間前に服用を止めていただきます
            ワルファリン(ワーファリン)
            アスピリン(バイアスピリン、バファリン81mg)
            チクロピジン(パナルジン)など
心房細動、不整脈などの心臓疾患をお持ちの方、過去に静脈血栓症、肺塞栓症、脳梗塞などを起こし、これらの薬を服用するように指導を受けておられる方は必ず、主治医にご相談してください。(内服を中止することにより脳梗塞などのリスクを増す事が考えられます。)

☆自己血輸血とは
手術の予定が立ったら3週間位前から自己血を貯めるようにしています。これを自己血貯血といいます。一応1000ml貯める事を目標にしていますが、貯血される方の健康状態によってその量には差があります。特に70歳以上の方や、貧血が強い人には貯血することで健康に悪い影響が考えられる事もありますので慎重に貯血量を決定します。心臓病や悪性腫瘍がある人などには貯血を行いません。貯血された血液は厳重に冷蔵庫にて保管されます。手術時あるいは術後に全身状態を観察しながら貯血された血液を戻す事になります。これを自己血輸血といいます。ほとんどの場合貯血量で十分ですが、時には不足することがあり、その場合は日赤血液センターの保存血を使用いたします。

4) 神経麻痺

神経麻痺は麻酔時、手術中、手術後に起こりえます。主な神経の麻痺は、坐骨神経、腓骨神経、大腿神経です。これらが発生する原因はいろいろあります。手術中の神経麻痺は血管と同様、神経が通っている場所が異なっていたことにより損傷する場合です。数パーセントの人には、神経の走行異常があります。特に股関節の変形や膝関節の変形がひどい場合が神経の走行が通常と異なっていることが多くあります。さらに神経の伸びに個人差があります。この神経の伸びが悪い人は、手術時の組織の牽引に伴って神経が少し伸ばされても影響を受けやすく、神経麻痺を生じることがあります。特に以前に股関節や膝関節の手術の既往がある場合は神経周囲の組織も硬くなっており神経の弾力性を欠くために神経麻痺を起こす危険は大きいといえます。
 変形性股関節症は進行とともに下肢が短縮してきます。特に脱臼性股関節症などによる下肢短縮は著明です。このような場合、私たちは両側の脚の長さを調節するために、下肢を延長します。しかし手術時、脚の長さ(下肢長)を無理して長くしたら、血管、神経、更には筋肉、腱も伸ばされ、手術後、血流障害、神経麻痺などが発生することがあります。脚の長さを3cm以上のばすとその危険性が特に増すと言われています。ほとんどの場合、神経麻痺は神経が切断されていない限り時間とともに回復しますが、非常に長時間を要する事もあります。

膝の手術で術中の出血を防ぐ為に大腿部を駆血帯でしばって行います。手術中に長時間大腿骨中央部で駆血が長時間になりますと神経麻痺が術後に出現する事があります。普通の手術は1時間30分ぐらいの手術で終わりますが、場合によっては2時間以上になることもあります。しかし、このような場合の神経麻痺は時間の経過でほとんど問題なく改善します。その他、手術中に膝の外側を通っている腓骨神経を引き伸ばされる時間が長くなったり、また圧迫されていたりしますと、腓骨神経麻痺を起こすことがあります。

麻酔が十分にさめない間に病室に帰った場合、弾性ストッキングの端の部分や包帯の圧迫でも膝の外側を走る腓骨神経を圧迫し、腓骨神経麻痺をおこすことがあります。手術後、医師や看護師が足ゆびの動きや、足背のしびれを確認に来るのはこの神経麻痺を起こしていないかどうかを調べているのです。神経麻痺は早期に発見して早期に対処する必要があります。これを予防するため、膝よりやや大腿部側に丸めたタオルやクッション等を入れて、神経を圧迫しないように注意しています。このような神経麻痺が起こらないように、私たちスタッフは常に気を配っております

5)関節脱臼

人工関節手術は関節の袋(関節包といいます)を切開、多くの場合切除して人工の関節を挿入します。そのため、手術によって関節周辺の組織は弱くなります。手術した後、関節周囲の筋肉などの軟らかい組織が安全な状態にかたまるには約3ヵ月を要します。従って、それ迄の間に転倒したり、無理な肢位(足の位置)を急激にとったりしますと、脱臼することがあります。脱臼の危険性はほとんどが股関節にあり、膝関節で脱臼する事はめったにありません。特に、高齢者や関節リウマチの患者さんのように、手術前から筋力が非常に弱い人、転倒しやすい人、手足で体を十分に支えることのできない人などが転倒したり、低い椅子やソファーに急激に坐ったりした時に、脱臼することがあります。関節周囲の筋力があり、どのような姿勢をとったらいけないかを知っている人は脱臼することはありません。そこでリハビリの療法士や看護師の注意をよく守って欲しいと思います。

一度脱臼するとその後繰り返し脱臼することもあります。脱臼する道が出来ると困りますので、約3ヵ月間股関節の固定装具をつけてもらいます。これをつけたまま歩いて外出できます。それでも脱臼をくり返す人には再度手術をすることもあります。6ヶ月以上たって脱臼するという事はめったにありませんが、時に 術後5年以上経過して脱臼する事もあります。これは高齢になってきますと、体全体の老化がすすみ、筋力が低下し、関節周囲の組織も弱くなって来ているのが原因と考えられます。

6) 骨折

高齢者や関節リウマチの患者さんのように、骨が非常に薄く、もろくなっている場合、しかも、関節が動きにくく、かたくなっている場合、手術中に骨折を起こすことがあります。人工関節を挿入するときの大腿骨骨折はほとんどが縦にヒビがはいる程度です。この場合ずれが大きくなければそのままで様子を見ますがワイヤーで骨折部をしばる事があります。しかしこれは非常に稀なことです。再置換術の場合は、中に入っている骨セメントを抜去しようとしたり、骨の中に入っている不良組織を除去しようとして骨折する事があります。前もってそのようなケースでは説明するようにしています。

術後には、いつでも骨折の危険性があります。リハビリの期間中も、退院後の生活の中でも骨折する事があります。人工関節は、金属やセラミックからできています。これは骨と比べますと大変硬いので、術後、階段から落ちたり、転倒したりしますと、人工関節と骨とのつなぎ目の近くで骨折することがあります。これは、特に、高齢者やリウマチの患者さんのように、骨のもろくなった人によくおこります。このような人は、階段の昇降に注意すること以外に、電気のコードや置物の端でつまずかないように十分気をつけて下さい。一歩一歩に気をつけて歩く事です。油断禁物!